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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)358号 判決

原告 柴田富士雄

原告 片山昇

右両名訴訟代理人弁護士 阿部甚吉

同 平山芳明

同 太田忠義

被告 株式会社住友銀行

右代表者代表取締役 堀田庄三

右訴訟代理人弁護士 川合五郎

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は、原告柴田富士雄に対し金三一万六五〇〇円及び内金三〇万円に対する昭和三七年九月二二日より完済に至るまで年五分五厘の割合による金員を、原告片山昇に対し金一〇万二、六五五円及び内金一〇万円に対する昭和三七年九月二二日より完済に至るまで日歩七厘の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

「一、原告柴田は被告銀行に対し金三〇万円の定期預金債権(期間一年、利率年五分五厘)を、原告片山は同じく金一〇万円の通知預金債権(利率日歩七厘)を、いずれも訴外大神興業株式会社代表取締役魚津徳郎(以下訴外会社と称す)名義で有するものである。

二、原告等が右訴外会社名義の各預金の預金者であると主張する理由は次のとおりである。

(1)  昭和三六年九月初旬頃、原告等は右訴外会社の代表取締役魚津徳郎より、右会社の信用を高めるため、被告に対し右会社名義のいわゆる見せ預金をして欲しい旨、依頼された。原告等は被告銀行の定期預金証書に「満期日にこの証書と引換に元利金をお支払い致します」と記載されてあるので、預金証書がなければ右訴外会社が預金を引き出すことはできないものと確信して右の依頼を承認した。そうして、原告柴田は金三〇万円を、原告片山は金一〇万円を、右訴外魚津徳郎に交付し、同月二一日、右訴外人を原告等の代理人として被告銀行天六支店に右訴外会社名義の右各預金(以下本件各預金と称す)の預入れをしたのである。更に、原告等は右訴外魚津より、本件各預金について被告に届け出た印鑑を預金証書の裏面の受領欄に押捺させた上、各預金証書の交付を受け、以後これを保管してきたのである。

(2)  定期預金・通知預金の制度は、第三者あるいは架空人の名義が使用されることが多いため、預金名義人が預金者であるとは限らない。して見ると、預金者が何人であるかという問題は通常の定期預金・通知預金にあってもいわゆる無記名定期預金の預金者の決定と同様の観点より決定さるべきものである。そうして、無記名定期預金の預金者は現に自らの出捐により銀行に対し本人自らまたは使者、代理人、機関などを通じ預金契約をした者である。

(3)  原告等は被告に対し昭和三七年九月二一日、定期預金の元利金の支払の請求、通知預金の引出しの通知をしたが、いずれも支払済みという理由で拒絶された。

けれども、被告はその名義人に支払う際、預金証書の提出を求めていれば、容易に本件各預金の真の預金者が何人であるか認識し得たにも拘らず、これを懈怠して預金者でない者に支払ったのであり、現に本件各預金証書を所持する原告等に対し支払義務を免れ得るものではない。

三、よって、原告柴田は被告に対し定期預金債権金三〇万円及び昭和三六年九月二一日から昭和三七年九月二一日までの年五分五厘の割合の利息金一万六五〇〇円並びに右金三〇万円に対し同月二二日以降完済に至るまで右同率の割合による遅延損害金の支払を、原告片山は被告に対し通知預金債権金一〇万円及び昭和三六年九月二一日から昭和三七年九月二一日までの日歩七厘の割合の利息金二六五五円並びに右金一〇万円に対し同月二二日以降完済に至るまで右同率の割合による遅延損害金の支払を求める。」

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

「一、原告等が本件各預金の預金者であるという主張は否認する。預金者は訴外大神興業株式会社である。すなわち、被告は昭和三六年八月二八日、右訴外会社の代表取締役魚津徳郎と当座預金契約を締結し、同日、右会社より金一〇〇万円を受け入れて同社のため当座預金口座を開設したところ、同年九月二一日右訴外会社はその当座預金口座から金五〇万円を引き出し、このうち金一〇万円を通知預金に、金三〇万円を定期預金にした。この定期預金と通知預金が本件各預金である。

(1)  被告は右各預金の預入れにあたった訴外会社の代表取締役魚津から、右各預金を原告等の預金として預け入れる旨の話は聞かなかったし、従って昭和三七年九月二一日原告等が請求するまでは、原告等が右魚津に預金のため現金四〇万円を交付したことも知らなかったし、又、知り得る状態でもなかったのである。

(2)  原告等が右魚津に金四〇万円を交付した事実があるとしても、本件各預金は先に述べた通り訴外会社の当座預金口座からの振替えでなされたものであって、原告等が出したと主張する金とは関係がない。

二、本件各預金はすでに消滅したものである。

(1)  昭和三六年一一月一〇日、右訴外会社の当座預金残高が金一九八九円しかないのに金二万二七〇〇円の右訴外会社の支払義務ある小切手が被告に呈示されたので、その決済のため、被告は訴外会社に連絡してその承諾を得た上で、本件通知預金を解約してその元利金を右訴外会社の当座預金口座に振り替え右振替金を以て右小切手の支払に充当した。

次いで、同月一六日、当座預金残高が三万五七〇円しかないのに金二〇万円の右訴外会社の支払義務ある手形が被告に呈示されたので、その決済のため、被告は訴外会社の了解のもとに本件定期預金を解約してその元利金を当座預金口座へ振り替え右振替金を以て右手形金の支払に充当した。

以上の通りであって、本件各預金はそれぞれ訴外会社の当座預金口座に振り替えると同時に消滅したものである。

(2)  被告は本件各預金の解約に際して預金証書を回収しなかったが、預金証書は有価証券ではないから証書を回収しなくても預金を消滅させることは可能であるし、本件の場合には手形、小切手の決済に急を要したのでこれを回収する時間がなかった。証書については昭和三七年一月一九日、右魚津より喪失届の提出があり同日、右魚津は被告に対し右の解約(当座への振替え)を改めて確認しているのであって、この間の手続にも不備はない。

よって、原告等の請求は棄却されるべきである

証拠≪省略≫

理由

一、昭和三六年九月二一日、被告銀行天六支店に対し大神興業株式会社名義の本件各預金即ち定期預金(額面三〇万円、期間一年、利率年五分五厘)と通知預金(額面一〇万円、利率日歩七厘)の預入れがなされたこと、現実に右預入れの手続にあたったのは右会社の代表取締役魚津徳郎であることは当事者間に争いがない。

二、原告等は右の各預金は原告等が右魚津に現金を渡して、同訴外人を原告等の代理人として預け入れさせたものであって、原告等が真の預金者であると主張し被告はこれを争うので判断するに、本件全証拠によるも訴外魚津徳郎が原告等の代理人として本件各預金をなしたと認めることはできず、却って、≪証拠省略≫を綜合すると、右訴外魚津は右訴外会社の代表取締役として、同年八月二八日被告銀行天六支店と当座勘定取引を開始し、同日右訴外会社のため当座預金口座が開設されたこと、同年九月頃、原告等に対し、右会社の信用を増加させるため被告に同会社名義のいわゆる見せ預金(導入預金)をして欲しいと依頼して原告等の承諾を得、その結果同月一五日頃、右の預金とする趣旨で原告柴田より金三〇万円、原告片山より金一〇万円の交付を受けたこと、次いで同月一一日、右魚津は訴外会社の当座預金口座より金四〇万円を振り替えて同会社名義の本件各預金としたこと、その際被告に届け出た印鑑は訴外会社を表示するものを使用したこと、その後同月二四日頃、本件各預金証書の裏面に右印鑑を使用してあらかじめ受領印を押した上、原告等に証書を交付したことをそれぞれ認めることができる。そして≪証拠省略≫によれば訴外会社の右当座預金口座が開設されて以来、訴外魚津は右訴外会社の代表取締役としてしばしば被告銀行へ赴き取引のため交渉をなし、その間数回の取引がなされ、その後魚津が訴外会社の代表者として直接被告銀行に本件各預金の預入れをなしたことを認めることができる。

いったい銀行預金がなされた場合、誰が預金者であるかは契約法の原則によって決定しなければならないのであり、誰が当事者であるかの決定は表示された契約の行為自体を綜合して判断しなければならない。通常、実在者が当該実在名義で銀行に預金行為をする場合、他に特段の事情のない限り右預金行為者である右実在人が預金者なりと判断するを相当とするところ、他に特段の事情の認められない本件においては右訴外会社が預金者と認めるを相当とする。

けだし、無記名定期預金を除く定期預金及び通知預金の制度にあっては預金契約において預金者の氏名が明らかにされるのが建前なのであるから、真の預金者は、まず前段でのべたとおり契約法の原則に従い、預入れ行為において表示された合意の内容を解釈して決せられるべきであって、当該預金を支配し得る地位にある者として金融機関との間に明示ないしは黙示の了解のあったものと見られる者をもって預金者と判定するのが相当である。原告等が定期預金一般に適用さるべしと主張する「現に自らの出捐により銀行に対し本人自らまたは使者、代理人、機関などを通じ預金契約をなした者である」という基準は、預金者が何人であるかは一切銀行において知らないことを建前とする無記名定期預金の場合、あるいは預入れに際し架空名義を使用した場合の如き特段の事情のある場合に判断の資料とすべきものである。

本件各預金証書中(甲第二、三号証)には「満期日にこの証書と引換に元利金をお支払い致します」と記されているが、右は証書と引換でなければ支払わないという一般に銀行が預金者に要求しうる権利たるに止まり、証書がなければ銀行は支払をなし得ないとか、証書の所持者をもって預金者とすると定めたものとはとうてい解し得ない。

三、以上の理由によって原告等が本件各預金者であるとは認めることができない。

よって、原告等の本訴請求は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 松本保三 裁判官 山本矩夫 林泰民)

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